思考エッセイ#002好きなもの

好きなものを、先に食べた日。


私は、自分を満たした。

それは、とてつもなく小さな、小さな出来事だった。


ある日の夕食。

いつものように家族みんなで食卓を囲んでいた。

その時、私は小さなチャレンジをしてみた。

自分の好きな食べ物を、「好き」と言って、誰よりも先に食べる。

たった、それだけ。

他の人から見れば、

「そんなこと?」

と思うような出来事かもしれない。

でも、私にとっては人生が少し動いた瞬間だった。


母親になってからの私は、

「子どもが先。」

それが当たり前だった。

子どもの好きなものを取り分けて、

家族が食べ始めてから自分は最後。

何の疑問も持たず、

それが母親なんだと思っていた。

だから、自分が先に好きなものを食べることに、少し勇気が必要だった。

今思えば、その時初めて私は「自分を先に選ぶ」という経験をしたのだと思う。


どうして、こんなに勇気が必要だったんだろう。

そう考えた時、一つ思い当たることがあった。

ある日、夫がこんな話をしてくれた。

「うちは、好きなものは『食べたい』って言わないと食べられなかったよ。」

私は驚いた。

私が育った家では、好きと言わなくても「これ好きでしょ?」と自然に勧めてもらえる家庭だった。

与えられることが当たり前。

だから、自分から「これが食べたい」と伝える経験があまりなかった。

一方で夫の家庭では、自分の意思を伝えることが当たり前だった。

「これ食べてもいい?」

「私はこれが好き。」

そんな会話が自然に交わされていたという。

もちろん、好きなだけ食べるわけではない。

家族みんなのことを考えながら、自分の気持ちも大切にする。

その話を聞いた時、私は初めて気づいた。

「自分の気持ちを伝える」という文化の中で育ってきた人もいるんだ。


たった一口。

でも、その一口は私に大切なことを教えてくれた。

自分を大切にすることは、わがままではない。

自分で選んでいい。

自分を満たしていい。

そんな当たり前のことを、私は少しずつ自分に許せるようになった。


それからの私は、食事の時間に自分へ問いかけるようになった。

「私は何が食べたい?」

「本当に後でいい?」

そして今は、ちゃんと好きなものを食べている。

時には子どもたちに笑いながら、

「それ、ママのだからね。取らないでね。」

なんて言えるようにもなった。

すると、不思議なことが起きた。

子どもたちが、

「ママ、食べる?」

「ママの分、残しておくね。」

そう声をかけてくれるようになったのだ。

私は何も教えていない。

ただ、自分を大切にする姿を見せただけ。

それだけで、子どもたちは自然と相手を思いやることを覚えていった。


昔の私は、

「母親だから我慢する。」

それが愛だと思っていた。

でも今は違う。

自分を大切にできる人は、周りも大切にできる。

私はそう思っている。


好きなものを先に食べる。

たったそれだけのこと。

でも、その小さな選択は、

「私はどうしたい?」

と、自分に問いかける人生の始まりだった。

仕事も。

子育ても。

人生も。

誰かに決めてもらうのではなく、

自分で選んでいい。

あの日の小さなチャレンジは、

そんな当たり前だけれど大切なことを、私に教えてくれた。

今日も私は、好きなものをおいしく食べる。

それは、自分を大切にするという、小さな幸せの積み重ねだから。

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